日本橋小網町にある東京八社福参りのひとつ「小網神社」に行ってきました。「強運厄除の神様」として有名な神社です。関東大震災や第二次世界大戦に係わる由緒から、強運厄除けのパワースポットとして崇められるようになったようです。 強運厄除と御福銭のお守りをいただいてきました。
小網神社


最寄駅である「人形町」から、細い通りを抜けて行きます。ビルの間にひっそりと神社が表われます。最後に地図を紹介します。

ビルの谷間に、木造の社殿と神楽殿が目を引きます。神社では"まゆ玉"の珍しいおみくじが売られています。鳥居の前の竹に"まゆ玉"とおみくじが結んでありました。
繭玉おみくじ

社殿と神楽殿は昭和4年の築造のものです。日本橋地区で唯一の木造檜造りの神社だそうです。
社殿

神楽殿です。五角形の面をもつ神楽殿は存在感があります。
神楽殿


さて、小網神社はなぜ「強運厄除の神様」となったのでしょうか。

旧社殿は大正12年の関東大震災で倒壊します。関東大震災の際、当時の宮司が稲荷大神や弁財天等を抱えて、近くに架かる新大橋に避難したそうです。そこへ多くの人々も避難してきました。橋は落ちずに混乱もなく、大勢が助かったそうです。この事は新大橋の避難記念碑にも記されているそうです。

また、第二次世界大戦では、氏子の出征兵士のために開いた出征奉告祭に参列して、小網神社のお守りを授かった兵士が全員生還したそうです。更には、東京大空襲において境内にある建物は奇跡的に焼失を免れています。

この様なことから、「強運厄除の神様」として信仰を集めるようになったそうです。確かにこの由緒を聞くと、タダならぬパワーと強力な御利益がありそうです。

小網神社

 


鳥居をくぐると、左に「銭洗いの井」があります。小さなカゴがありますので、カゴに金銭を入れて清めることが出来ます。金銭を清めて財布に入れておくことで財運を授かるそうです。「東京銭洗い弁天」と呼ばれています。
銭洗いの井
カゴにお金を入れて、丁寧に洗ってきました。

小網神社の弁財天は万福舟乗弁財天と称されています。同じ境内にあった万福寿寺に安置されていたことが名前の由来のようです。明治の廃仏毀釈によって万福寿寺とは分離され、その後、寺院は廃絶したそうです。弁財天は小網神社に遷座されました。

近くには東京証券取引所がありますので、投資家の方の信仰も集めているのでしょうか。
東京証券取引所

 

小網神社由緒

"社伝によれば、当社は小網山万福寺を別当寺として、室町時代中期、当地に祀られた稲荷社に起源するという。稲荷社は、明治時代初めの神仏分離令により、小網神社と称し、東堀留川の河岸地の一画であった現在地を社地と定めた。そして現在、小網町及び人形町の一部の氏神として、また東京下町に広く信仰を集めている。
境内には、昭和4年(1929)の造営による社殿及び神楽殿が残っている。社殿は伝統的な神社建築の形式を備え、向拝には優れた技法による昇り龍・降り龍・獅子・ばく・鳳凰等の彫刻がほどこされている。また道路際に建つ神楽殿は、五角形という特殊な平面態を持つ。この社殿及び神楽殿は、中央区に現存する数少ない木造の神社建築として、棟札等の造営に関係する資料とともに中央区民文化財に登録されている。
中央区教育委員会"

現在の社殿は世界大恐慌の1929年に建てられたことになります。 



強運厄除のお守りです。ご利益があったのか、この後に信号無視してきた車に轢かれずに済みました。
gon120205 (1111)


こちらは「銭洗いの井」で洗った5円玉が入った御福銭です。 財布に大事にしまうことにしました。ご利益がありますように。
gon120205 (1)



強運のパワースポットである小網神社で厄払いを祈願して、気持ちをリフレッシュすることが出来ました。