宇宙誕生の謎に迫る実験施設「国際リニアコライダー(ILC)」の候補地として岩手県の北上山地があげられています。ILCは素粒子物理学の巨大実験装置です。ILCで何を実験するのか、候補地に住む者として本書で勉強してみることにしました。

小さい宇宙をつくる―本当にいちばんやさしい素粒子と宇宙のはなし


2012年7月、スイスにある欧州合同原子核研究所(CERN、セルン)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)で「ヒッグス粒子」が発見されたと発表されました。

「ヒッグス粒子」の発見はILC誘致を目指している岩手県内でも大きくとりあげられました。「ヒッグス粒子」が見つかったはスイスのLHCですが、建設予定のILCでは更に宇宙の起源に迫る実験ができるようです。

ILCは簡単に言えば宇宙が誕生した直後を再現する装置です。30kmにも及ぶトンネル(真空パイプ)の両端から素粒子(電子と陽電子)を加速させて光速に近いスピードで衝突させます。素粒子が衝突した際のエネルギーによって発生した素粒子を観測することで宇宙の起源を解明するようです。

ILCの建設地は30km以上の安定した岩盤という条件を満たす必要があります。海外ではアメリカのシカゴ近郊、スイスのジュネーブ近郊、そしてロシアがILC建設候補地になっています。国内では北上山地(岩手県)と脊振山地(佐賀県・福岡県)の2カ所が候補地です。今年の夏には国内候補地が一本化される予定だそうです。北上高地(岩手県)では奥州市江刺区と一関市大東町・千厩町・室根町付近の地下が建設予定地になっているようです。

本書の著者は高エネルギー加速器研究機構(KEK)の博士で、昨年12月には一関市大東町でも講演を行っています。


(表紙のデザインが素敵です)
小さい宇宙をつくる―本当にいちばんやさしい素粒子と宇宙のはなし

本書では素粒子や宇宙の誕生、最先端の素粒子物理学について非常に分かりやすく解説しています。身近なものと素粒子の関係、素粒子物理学の歴史、ヒッグス粒子発見の重要性、宇宙の誕生から将来までと一つの流れの中で分かるような構成です。

分子、原子、電子、原子核、陽子、中性子、素粒子といった言葉は聞いたことがありますが、改めて定義を答えるとなると少し考えてしまいます。その程度の知識の人間ですので、基本から勉強になりました。

学校では素粒子の定義を原子核より小さいものと教えるようです。原子核をつくる陽子と中性子も素粒子と教えることになります。物理学上は陽子と中性子をつくるアップクォークとダウンクォークが素粒子となります。電子も素粒子であり、原子のもとは3つの素粒子ということになります。元素周期表で分類される118種類の原子はすべて3つ素粒子の組み合わせで出来ているのです。

素粒子はほかにも宇宙から降ってくる素粒子があるそうです。ミューオンやニュートリノです。

さらに素粒子には反粒子という対になる粒子が存在しています。マイナスの電気をもつ電子の反粒子はプラスの電気を持つ陽電子となります。ILCでは電子と陽電子を使って実験が行われます。

面白いのは力を伝える素粒子があるということでした。力は素粒子が伝えているのです。宇宙には「電磁気力」、「強い力(電磁気力より強い)」、「弱い力(電磁気力より弱い)」、「重力」の4つの力があり、「重力」を伝える素粒子だけがみつかっていないそうです。

"力というのは、2つのものの間に働く関係性です。クォークや電子などものをつくる素粒子の仲間は、光子、グルーオン、W+粒子、W‐粒子、Z粒子といった力を伝える素粒子を交換することで関係が生まれます。"―P63


ものをつくるのにかかわる素粒子が12種類あり、力を伝える素粒子が上記の5種類だそうです。そして、素粒子に質量を与える素粒子が「ヒッグス粒子」になるそうです。この18種類で標準理論という理論が考案され、実験結果を検証する際に使われてきたそうです。

「ヒッグス粒子」が見つかったことで標準理論が実証されることになります。素粒子に質量を与える「ヒッグス粒子」が存在したことで、物質ができたと言えるのです。質量がなければ素粒子は高速で飛びまわるだけだそうです。「ヒッグス粒子」の発見が大きなニュースになった訳が理解できました。

標準理論ですが、見つかっていないものを組み込んで理論として活用してきたことには少し驚きました。ある意味、理論を実証するために「ヒッグス粒子」を探す研究が行われて来た訳です。


粒子と粒子を衝突させて素粒子を発生させることで「ヒッグス粒子」を発見しました。素粒子が発生するには空間にある「場」が作用するということですが、この辺りは理解に苦しむところです。

"素粒子をつくるのにはエネルギーが必要です。そのエネルギーを与えるのが粒子と粒子の衝突。2つの粒子がぶつかると、消滅してエネルギーに変わります。そして、発生したエネルギーが空間に広がる「場」に作用して素粒子となるのです。"―P80



CERNのLHCは27kmの円形の加速器だそうです。一方、建設予定のILCは30kmの直線となります。円形のLHCでは陽子と陽子を衝突させるので、粒子が複雑にぶつかりあって精密な観測ができません。直線のILCでは素粒子である電子と電子を衝突させるのでより精密な観測ができるそうです。ビックバン直後の宇宙を再現できるということです。


最終章では、宇宙の成り立ちや大きさ・年齢、宇宙の96%を占める正体不明の暗黒物質と暗黒エネルギー、ブラックホール、宇宙や地球の未来など非常に面白い中身の濃い内容が紹介されていました。最新の理論や異次元空間の話も興味深い内容でした。


また、全編を通して随所にアイシュタインの理論が出てくることも印象的でした。アインシュタインの偉大さを改めて実感しました。


少し気になったところはスイスのLHCの実験で「陽子と陽子をぶつけると放射線が出る」、「マイクロブラックホールが出来る可能性がある」という記述があった点です。放射線の量が不明ですが、当然十分に対策はなされているのだと思います(ILCは深さ100mに建設)。ブラックホールは出来たとしても非常に小さなもので直ぐに消えてしまうということでした。

ILCの実験のことを知るために読んだのですが、素粒子や宇宙について期待した以上に知ることができました。