冨手淳著『線路はつながった―三陸鉄道 復興の始発駅』を読みました。gon04DSC03246


三陸鉄道は東日本大震災から3年が経過した4月5日に南リアス線、4月6日に北リアス線が全線で運行を再開しました。

この本は三陸鉄道の社員である冨手氏が綴った三陸鉄道復活の記録です。冨手氏は三鉄の入社第1期生です。開業から30年を迎える三鉄の歴史とともに歩んできました。子供のころから鉄道好きだったそうです。鉄道写真家の中井精也氏とテレビで共演しているのを見たことがあります。

震災発生時から一部再開までの軌跡はドキュメンタリー漫画「さんてつ 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録」でも知ることが出来ます。このマンガにも冨手氏は登場していました。


震災から2日目、社長と冨手氏が被害状況を確認に行った際、田老の惨状を目の当たりにしながら「とにかく列車を走らせよう。一刻も早く走らせよう」と社長が話します。社長のこの言葉で全ては始まります。


gon04DSC03256(震災直後の記録が書かれたノートが表紙に印刷されています)


三鉄マンの奮闘と各所からの支援により復旧が進められます。震災の5日後に久慈駅-陸中野田駅間、9日後には宮古駅-田老駅間の運行を再開させます。その後も運行区間を増やすながら、目標の全線開通に向けて歩む姿が記されています。

また、三鉄の歴史を知る冨手氏自身の歴史と絡めて、三鉄30年の歴史を知ることが出来ました。内部事情についても赤裸々に語られていました。



全ての線路がつながり、全線開通を迎えた心境を以下のように綴っています。

"三年前、田老で、島越で呆然と立ち尽くした時、こういう日がやってくるなど想像もつかなかった。大震災前の「日常」がもどってくるのである"(P179)


地域の足として欠かせない三鉄は日常となっており、地域の人にとっても日常を取り戻す希望だったのだと思います。