精神科医である中井久夫氏著の「復興の道なかばで―阪神淡路大震災一年の記録」(みすず書房)を読みました。阪神淡路大震災において、心のケアに携わった精神科医がみた被災地の記録です。

復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録
復興の道なかばで――阪神淡路大震災一年の記録


本書は阪神淡路大震災からの1年間の節目ごとに書かれた中井久夫氏の記録(エッセイ)をまとめたものです。それぞれ掲載先が違うことから、内容がダブル部分もありますが複数出てくる内容は重要なことだと言えると思います。

現在進行形である東日本大震災における被災地で直面しつつある問題について経過時期ごとに参考になる内容であり、是非被災地で共有して欲しいと思いました。


PTSD(心的外傷後ストレス症候群)について「精神の外科的な障害」という説明が腑に落ちる説明でした。PTSDは4つ心の領域で現象が起きるとしています。1.睡眠に関すること(睡眠障害)、2.イメージに関すること(悪夢)、3.情緒に関すること(憂鬱、抑鬱など)、4.身体症状をあげています。

"悲しい記憶を閉じ込めるのでなく、信頼できる人に語って浄化することも必要である。「悲しい記憶を成仏させること」といえば分りやすいだろうか。(P83)"

一つの心配されることとして、1年後などの「記念日現象」で震災の日の記憶が異常に蘇ってきて辛い思いをするだろうとしています。これはテレビなどの映像として眼の前に現れしまう現代の問題だとしています。



「ハサミ状に拡大する較差」ということが何度か紹介されています。普段より元気になる人と閉じこもる人、石頭になる人と柔軟になる人、酒を飲まなくなる人とのめり込む人、仲が良くなる夫婦とひびが入る夫婦などを例として挙げていました。最初の差は小さくてもどんどん差が広がるそうです。

この差が広がる現象は、往々にしてその人を責めてしまう場合があるのではないかと思ってしまいました。こういう事が起こることを知っていて人に接することが大事だと思います。

ハサミ状に拡大する問題として貧富の差もあげていました。この差は預貯金だけの問題ではなく、その人の社会的なパワーや人脈によるところが大きいとしています。これは災害時だけでなく一般的にも言えることだとは思いますが、災害時だからこそハサミ状にどんどん拡大してしまうのだと思います。


また、被災者本人だけなく、「避難所の責任者である教員、第一線で働いた警官、消防隊員、水道局員、一般行政、電気、電話、建設、運輸などの企業関係者(P67)」について精神の健康に配慮すべきとしていました。

今回の東日本大震災では、地元消防団の方々が当初より捜索活動に当たり、得にも子供の遺体を多く目にした団員はかなり心を痛めていると沿岸部の方から聞きました。夜、眠れないと訴えていたそうです。また、自衛隊の方もこれだけ多くの遺体を見ることは初めての体験であり、かなり心を痛めているようです。


自殺者については「震災との関連を認定された自殺者は驚くほど少ない(P81)」としていますが、「男性に多く、被災老人とともに、被災救援者、つまり被災しながら救援活動に専念せざるをえなかった人たちの自殺が目立つ (P81)」と指摘していました。見逃しがちな被災救援者についてケアが大切なのだと気付かされました。

今回の東日本大震災では自らが被災しながらも、職業や社会的立場などから救援活動に当たっている人が多くいるようです。この様な方達を守ることに早く手を打たなければならないと思います。どうしても、頑張って動いている人たちについてはケアが見逃されがちだと思いますし、本人も気付いていないことが多々あるのではないでしょうか。



休養に関する問題について非常に重要なことが語られていました。戦時下でベテラン下士官などに起きる「戦闘消耗」、言わば「燃え尽き」を予防する為に被災者、被災救援者、救援者に3週間に1回を目安に交代で休養を与えるべきだとしていました。

また、休養は一気に気を抜かないことを繰り返し訴えていました。気を抜いた時に心臓や脳の血管障害に陥る例が多いとのことでした。特の心筋梗塞が多いようです。仮設住宅に入居して一息ついたときに心臓死による孤独死が見受けられたとのことです。

" 限度を超せば働いている最中に人は死ぬ。しかし、その他に、ほっと一息ついた時も心臓の危機である。仮設住宅での孤独な死は、いざ入居して一息ついた人を襲う心臓死であろう。心身医学で早くから知られている事実である。入居直後が危ない。過労死も実は過労の直後に休む時がもっとも危ない。自宅に向かうタクシーの中が早くも危ない。一気に力を抜いてはよくない。徐々に力を抜かなければならないのである。   (P49)"

このことは非常に重要なことだと思います。今現在、仮設住宅が建設ラッシュであり、これから入居する人が多い時期を迎えます。是非、このことを頭に入れて対策を行って欲しいと思います。


梅雨から夏にかけて、食中毒が心配される時期になります。若い人の場合としていますが、少し古い食べ物でもよく咀嚼(そしゃく=噛むこと)して食べることで「胃酸が殺菌を行ってくれるであろう。この際、食後30分は水分をとらないようにすることが必要である。食後に水分を摂ることは日本人の習性であるが、せっかくの胃酸を薄めて殺菌の役に立たないようにしているはずである。 (P126)」と一般にも役に立ちそうな考察をしていました。

暑い時期に水分をとることは熱中症対策として重要なことです。ただ食事の際に水分を摂ることは胃酸を薄めて殺菌作用を弱めてしまうという筆者の考察でした。食事以外の時には水分補給を十分にして、食後の水分を控えることを頭に入れて置きたいと思います。



著者が繰り返し訴えていることに「 情報は必ず「時遅れ」である。特に公式の情報が甚だしくそうである。ボトムアップという日本方式が時遅れをさらに大きくする。 (P166)」という内容がありました。そして、「必ず時遅れである情報を補完するものは、想像力である。(P166)」としています。また、想像力がなければ、「時には情報がないことを逃げ口上に使われる。(P35)」としています。現場を知る人の重い言葉です。

今、聞いている情報は常に遅れている情報であるということを認識して対応することの大切さを改めて実感しました。その為の想像力又は思考力を養う事こそが大切なのです。想像力の正確さを研ぎ澄ます為には、やはり現場を知ることだと思います。今の政治家やリーダーには想像力が欠けているのではないでしょうか。



責任者となる人の参考になることとして記していたことの中に

"また、皆がばたばた倒れてゆくような、よほどの土壇場にならないかぎり、特にめざましいような仕事はないと思っておくほうがよい。要するに、責任者のすることは、何事であっても責任を取る覚悟があればよく、後はむしろ、「隙間産業」「半端仕事」が本来の分担である。   (P43)"

がありました。「何事であっても責任を取る覚悟があればよく」という言葉が身に染みます。言った言わないなどで揉めている、どこぞやの方達に聞かせたい言葉です。



貴重な体験で綴られたこの本の教訓を被災した方々、救援者の方々、そして国のリーダーや行政に従事する方々に知って貰いたいと思います。