畑村洋太郎著「失敗学のすすめ」(講談社文庫)を読みました。以前に一度読んでいたのですが、仕事上のネタに使うために再読しました。
子供は同じ絵本の読み聞かせを何度もせがみます。親にとっては飽きてしまって苦痛な面もあります。子供が毎日同じ絵本を読んでも飽きない理由は「子供の成長は早いので、毎日読んでいても新たな視点で新しい発見が出来るからだ」と聞いたことがあります。自分は再読して何か見つけられるのだろうか?と自問しながら読み進めました。
さて、本題です。
失敗はマイナスイメージがつきまといますが、新たな創造や深い知識(経験や知恵といった部類の)を得るためにむしろ積極的に活用しようというのが畑村氏の提唱するところだと思います。
"マイナスイメージがつきまとう失敗を忌み嫌わずに直視することで、失敗を新たな創造というプラス方向に転じさせて活用しようというのが「失敗学」の目指すべき姿です。"
-出典:失敗学のすすめ (講談社文庫), 28ページ より
2000年10月に単行本で出版され、2005年4月に文庫版が出版されました。文庫化されても売れており、私が買った2008年当時で14刷となっていました。
1996年に日刊工業新聞社から出版された『続々・実際の設計-失敗に学ぶ』という本がベースになっています。こちらの本も売れたそうです。この本の書評を書いた立花隆さんが「失敗学」の名付けの親です。
失敗を学術的に研究した最初の本として評価が高いのだと思います。著者は大学で機械工学を教えています。大学の授業で効果的な指導方法を考えた結果、「失敗学」の概念が生まれました。
日本の学校や社会において、失敗は負のイメージとなっていることに対する警笛を鳴らす書でもあります。もちろん、単なる不注意や誤判断などから繰り返される「悪い失敗」もあると述べていますが、失敗(あるいは仮想失敗体験)から学ぶことの大切さを説いています。
失敗は隠してしまえば、原因究明は行われません。更にひどい失敗につながることになるのです。一つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、さらにその裏には300のヒヤリハットがあるというハインリッヒの法則が有名です。一つの重大事故をなくすには、ヒヤリハットが起きた時点で対策を施すことが重要と言えます。
ある有名な列車事故では、企業体質としてコスト重視とミスした者への実質的な罰則制度などが問題視されました。コスト重視による無理なスケジュールによりミスが重なっていたにも関わらず、従業員はミスを隠したがるという制度上の問題があったのです。
福島第一原発の事故に至っては、もっと根深いものを感じます。原発は安全だということを前提にしていたため、失敗(事故)は起こらないという思考停止に陥っていたのだと思います。事故後の対応が後手にまわったのは、この要因があるのだと思います。
第4章「全体を理解する」では「全体を理解することの大切さ」を以下ように述べています。日頃、私も感じているところです。
"そうすることで、設計や企画、アニメーション、医療など、自分が携わる仕事がどんなものか、全体像を体感・実感できます。ひととおり、自分が関わる仕事の全体を体感することで、それぞれの仕事がどんな過程で進められるかといった構造的なものから、どんな知識が必要かといった問題まで理解が深まるわけです。
このように、まずは全体を体感して知ることも、非常に大切なことだと私は考えています。"
-出典:失敗学のすすめ (講談社文庫) 152ページ より
先日、ある講演会で聞いた話ですが、世界的に見ても日本の建設業は技術力があり、品質が優れているという評価があるそうです。
建設業は重層的に様々な職種の人が携わって工事が行われます。外国ではそれぞれの職種の人は自分の仕事だけをこなすそうです。日本では、それぞれの職種の人が次の工程まで考慮して仕事をこなします。次の工程のことも知っていて、次の人がスムーズに仕事が出来よう配慮するのです。また、監督者も全ての工程を理解しているので、段取り力が備わっているのだそうです。
話は飛びますが、ポッドキャスト「伊藤洋一のRound Up World Now!」(2月24日放送)ITスペシャルの回で湯川抗さん(富士通総研経済研究所・主任研究員)が面白いことを言っていました。伝記『スティーブ・ジョブズ』を読んだ感想を中心に論じる回でした。
SONYがiPodを作れなかった理由の一つが部門毎の独立採算制にあったということです。逆にスティーブ・ジョブズはコントロールマニアであり、全てを自分でコントロールしていたという話でした。
この2つの例を思うに、全体を見ることができる(経験している)力は大切であり、創造的な仕事につながるのだと思います。 もののつながりを考えることは重要であり、そこから応用力が生まれてくるのだと思っています。
本書に戻りますが、畑村氏は「すべての技術は、萌芽期、発展期、成熟期、衰退期を経てダメになる」としています。組織(企業)も同じだと言っています。萌芽期に入ってきた人間は全てを経験できるので、全体を見渡せる能力が備わります。発展期の人間は局所だけしか見ることができません。そのため、「局所最適・全体最悪」になる改変を行ってしまうことがあるというのです。発展期や成熟期に入った人間は部分的にしか関わりを持つことができないことが要因にあります。リーダーであっても発展期以降に入った人が増え、全体を見渡せる経験をした人間が減っていくのです。
とは言っても、全てを経験することや実際に失敗を経験することも難しいことです。
畑村創造工学研究所のHPには「失敗知識データベース」というページがあります。失敗学の観点からあらゆる業種や自然災害などでの事故などをデータベース化したページです。失敗学に基づいて経過や原因、対策、知識化、背景などがまとめられています。こういった事例を基に仮想体験することで想像力を養うこともできると思います。
失敗は負のイメージがあり、子育てにおいても失敗させないように大人が先回りしていることが多々あると思います。その時点で、子供は思考停止に陥っているのではないでしょうか。子供の教育は自分で考えて行動することや判断することを身に着けさせるのが本当だと思います。(反省しています...(^_^;))
失敗から多くの発明(ホカロン、ポストイット、ペニシリン、瞬間接着剤、シャンパン、柿の種などなど・・・)が生まれたことを思えば、失敗には成功の種が隠れており、それを探さないことはもったいないと思います。
そして、全体を見渡すことが無くなりつつある社会において、全体を見渡す想像力を養うことが大切なのだと改めて身に染みました。