デフレや不況、少子高齢化、膨大な財政赤字などを鑑みると円が買われることに日頃から疑問を感じていました。一方、テレビや新聞での円高に対する解説には説得力を感じませんでした。
日頃の為替相場への疑問を払拭してくれそうな本書のタイトルに惹かれて読んでみた次第です。あるポッドキャストの番組で為替について分かりやすく筆者が解説していたことも手に取るきっかけとなりました。
筆者は17年半、為替相場に携わっています。当局側の日本銀行で半分、残り半分が民間金融機関のJPモルガン・チュース銀行です。両側の立場から得た経験や知識について、分かりやすく解説しているのが本書です。
為替相場の変動要因について、長期、中期、短期に要因を分け、豊富な図表を用いて分かりやすく述べています。
長期的な要因としては、人口減少や国力などは関係なく、物価の上昇率の差が作用しているとのことです。簡単に言えば、インフレの国の通貨は弱く、デフレの国の通貨は強いということです。このことは今まで気づかなかったことが不思議なくらいです。
中期的な要因としては、貿易収支、証券投資、直接投資のフローによるとのことです。日本は世界第2位の経常黒字国で貿易黒字も大きいことから、当然、輸出企業によって円が買われるということです。また日本は世界最大の対外純債権国であることから、世界経済の混乱があるときにはリスクを嫌って円が買い戻されるのです。
"先に説明した通り、円は通常、世界や日本の景気が好調な時に売られる傾向が強い。これは、景気のよさを背景に、リスクテイク嗜好を強めた日本の投資家や企業が対外投資を活発化させるためである。こうした対外投資が貿易黒字に絡む円買いを上回った時に円は弱くなるのである。(P127)"
短期的な要因としてはファンダメンタルズをあげています。ただし、この場合のファンダメンタルズは経済成長率や金利の高低といった「マクロ経済」と同義ではなく、市場の動きは全てファンダメンタルズだとしています。
短期的には様々な変動要因(全てがファンダメンタルズ)があり予想は困難ということだと思います。短期的な売買が必要な人はチャート分析を用いているということでした。
日経平均株価と米ドル/円相場の関係について興味深い分析が示されていました。
また、為替相場に関わる介入のメカニズムや円/ウォン相場の重要性についてはとても勉強になりました。
以前から政府による為替相場への介入について、意味があるのか疑問に思っていました。本書では介入のメカニズムと効果についても分かりやすく解説しています。
介入の効果については短期間しか続かなかった過去の例をあげています。そして、原資については特別会計から出ているのだろうという程度に思っていました。結果的にはマーケットから借り入れた資金で円を売却して、購入した外貨が外国為替資金特別会計(外貨準備)に積み上がっているのです。含み損を抱え、巨額の金利リスクと為替リスクを抱えている実態にもかかわず、介入の効果はないのです。
端的にいえば介入は輸出企業のためにやっていると思うのですが、その輸出企業は貿易で得た外貨を売って円を買わなければなりません。これが円高要因の一つであることを思うと、介入の意味が分からなくなってしまいます。
小さな政府を訴えているはずの大企業が、景気刺激策と同じ構造の財政出動により財政赤字を膨らませてきたとも言えると思います。
為替相場は米ドル/円相場の動きが重要視されています。しかし、円/ウォン相場の方が重要になっていることを、日経平均株価との相関が強くなっていることで示していました。現在の日本はアジア向けの輸出のシェアが増加していることや韓国製品との競合に晒されているという点から、ウォンに対する円安が日本企業の収益や競争力に大きなメリットがあるのです。
デフレについての筆者の主張は、過去20年間の日本経済はデフレとは言い難い状況、物価は安定しており無謀な金融政策(インフレ目標)に疑問、インフレよりもデフレの方が一般国民にとってはよいという3点です。
この点については評価が分かれるところかと思います。
為替相場の見方で参考になったことの一つに米ドルやユーロだけでなく、クロス円相場から為替市場全体を見ることの重要性です。言われてみれば当たり前のことなのですが、特定の通貨に対する動きなのか、全体を見ることで掴めるということです。
本書では為替の基本から、国力や経済力、投機筋の動きなど、常識に思われている為替の変動要因に対する考え方の誤りを知ることが出来ました。
今年の5月末に「安住財務相は円高・株安を受けて、日本のファンダメンタルズを全く反映していないと述べ、投機筋の動きで過度に変動するようであれば事態を注視すると語った」とうニュースが流れました。このニュースを聞いた時の違和感を本書で払拭することができました。
為替相場を知るうえで参考になる良書でした。