奥州市江刺区岩谷堂にある館山史跡公園(岩谷堂城本丸跡)はアジサイの名所です。 アジサイの見ごろは7月下旬ごろでしょうか。この地は、藤原経清と清衡親子が居住した砦館の跡とも伝えられています。
平泉の開祖、藤原清衡とその父であう藤原経清が居住した跡とも伝えられる地です。
”この地は古来御館山とよばれ、平安時代末期、藤原経清とその子藤原清衡父子の居住した砦館の跡とも伝えられ、大規模な土塁や城砦の遺構と堀の一部が現存している。
経清は、百足退治の伝説で知られる田原の藤太秀郷の子孫といわれ、陸奥の国司に従って奥州に下り、初の宮城県亘理地方を支配して亘理権太夫と呼ばれたが、後に俘囚の長と言われた大豪族安倍頼時の娘婿となって江刺郡に移り住み、この地で清衡が生まれた。
経清は、安倍征伐のための「前九年の役」が始まると、初め朝廷軍の源頼義に従ったが、中途から妻の父である安倍頼時に味方して、源頼義、義家父子と出羽の清原武則の連合軍と戦い、厨川の柵で敗死し、経清の妻は清衡を伴って、敵将清原武貞に再嫁した。
後に清原氏の内訌から起こった「後三年の役」で、清衡は源義家の援けを得て勝ち残り、生誕のこの地に戻って奥六郡の主となった。
康和年中(1099年頃)、清衡は江刺郡豊田館から平泉へ居を移した。
昭和五十八年、岩手県埋蔵文化センターがこの地を発掘した際、平安時代の住居跡が発見されている。
江刺市(現奥州市)”
藤原経清、清衡親子の木造が安置されている二清院です。二清院の周りには、無数のアジサイが植栽されています。
手入れが行き届いていて、大輪のアジサイの花が無数に咲いています。
館山八幡神社
館山八幡神社には大きな銀杏の木がありました。紅葉時期にも訪れてみたいものです。
館山史跡公園への登り口で見つけた案内板です。江戸時代に岩谷堂伊達家が居城した、往時の古地図を確認することが出来ます。
”岩谷堂城は柄杓ケ城とも言われますが、正式には岩谷堂要害屋敷の名で呼ばれました。万治2年(1659)の伊達(岩城)宗親入城以後、明治維新で破却されるまでの200年余り、岩谷堂伊達家5,000石の居館とし機能しました。
城跡には、現在も土塁や空堀、水堀などが残り、古絵図から、往時の本丸や二の丸、町割りの姿を偲ぶことができます。”