3つの世界遺産「金閣寺・龍安寺・仁和寺」は京都市北西部に位置してます。この3つ世界遺産を巡る観光道路は「きぬかけの路」と呼ばれています。「きぬかけの路」のうち、金閣寺と龍安寺(りょうあんじ)を巡りました。
金閣寺は臨済宗相国寺派の禅寺で正式には鹿苑寺といいます。舎利殿「金閣」が有名になり、金閣寺と呼ばれるようになりました。
元々は鎌倉時代の公卿西園寺公経の別荘でした。室町幕府3代将軍の足利義満が譲り受け邸宅を造営したのが始まりとされています。アニメ”一休さん”の「将軍さま」は足利義満です。義満は4代将軍義持に将軍職を譲ったあとも政治の実権を握っていました。
義満が造営した邸宅は大規模なもので「北山殿」と称され、政治の機能も有していたようです。応永5年(1398)に建てた金の舎利殿が金閣寺です。
金閣寺は昭和25年(1950)に学僧による放火で全焼します。三島由紀夫の小説「金閣寺」はこの事件がモチーフです。事件から5年後の昭和30年(1955)に復元されて現在に至ります。
雨模様でしたが、金閣寺は絢爛豪華さを誇っていました。
金閣寺の御朱印です。
同じ室町時代に幕府の有力者細川勝元が宝徳2年(1450)に創建した禅寺が龍安寺です。枯山水の石庭が有名です。外国人観光客にも古くから人気の庭園です。
世界的にも有名な枯山水の石庭ですが、昭和50年(1975)に訪れたエリザベス女王が絶賛したのがきっかけだったようです。当時は禅がブームだったようです。
枯山水庭園は砂や石で水の流れや山を表現するものです。白砂に描かれるは砂紋と呼ばれています。
石庭については、正確な築造時期や作者が定かでないなど、謎が多い庭です。石庭は幅25m奥行き10mの250平方m(75坪)で小学校などの25mプールと同じ大きさです。
白砂の上に大小15個の石が配置されています。15個の石ですが、どの角度から見ても必ず1個は他の石に隠れて見えないよう配置されています。いくら数えても14個しかない...
15個の石は、5、2(七)、3、2(五)、3(三)に点在していますが、七五三に何か意味が込められているのでは?という憶測もあるようです。
「心」の字の配石という説もあるようで、禅の精神を表す石の配置なのでしょうか。
「虎の子渡しの庭」とも呼ばれています。虎が子を連れているようにも見えるそうです。
多くの謎や憶測がある庭園ですが、いつまで眺めていても飽きない庭でした。人間の心に響く秘密があるように思えます。
同じ形を守り続けるという普遍性にも奥深さが隠れているのではないでしょうか。
とは言え、白砂は数日程度の割合で修復するそうです。エントロピーの増大を抑え、普遍的なものに戻す作業というものなのでしょうか。自然を表現しながら、自然ではない。
龍安寺の御朱印です。
絢爛豪華な金閣寺と対照的な枯山水庭園、どちらも惹かれるものがあります。室町文化の多様性を感じることが出来ました。